小説 > Lil’Fairy Original Novel:08

Lil’Fairy Original Novel:08

「鬼は外! 妖精は内!?」

著者:空歩人

その顔は見る者に恐怖心を与える。
燃え上がる炎のような真赤な皮膚に、どんな堅いものでも噛み砕いてしまいそうな牙、荒々しさを表すような長い巻き毛、そして何よりも力強さを象徴するような二本の大きな角。
「鬼だぞ~! 怖いぞ~」
それは大きな声で叫ぶと、目の前にいる二人の少女に向かってゆっくりと迫っていった。
「キャー!」
「助けて~!」
二人の少女は声を上げながら後ずさる。
「待て~! 逃げても無駄だぞ~!

少女たちの悲鳴も空しく、それは彼女たちとの距離を確実に縮めていった。
背後には壁。逃げ場を失う少女たち。
「鬼だぞ~! 怖いんだぞ~!」
とうとう少女たちを追い詰めた。
そして、その場の空気は凍りつくはずだったのだが……。
「ちょっと待って。これ、なんか違うような気がするんだけど」
少女のひとりであるヴェルが、もうひとりの少女であるエルノとそれを演じていたリプーに話しかけた。
「そうよね。これじゃまるでホラー映画みたいだもの。それにこの豆、いつどうやって使うのかしら?」
エルノが頷く。
「えええ。わたしの演じる鬼さんはダメですか? 怖くないですか?」
リプーは赤鬼のお面を外し、親友の二人に尋ねた。
「いやいや、そういうことじゃないの。むしろ、リプーはちゃんとやってくれたと思うよ。でもね、豆撒きって、こういうことじゃないと思うんだよね」
「そうだよね。なんかこう、神聖というか厳かというか……」
「そうですか……」
気落ちする三人。
そこへ執事のヴィスマルクがやってきた。
「おやおや、三人お揃いで。ごきげんよう」
「あ、ヴィスマルクさん。ごきげんよう」
「ごきげんようです」
「ごきげんよう」
挨拶する三人娘。
鬼のお面に豆を入れた升。ヴィスマルクは三人が何をしているのか気になった。
「もしかして、みんなで豆撒きをしているのかな?」
「はい。そうです。でも、ちょっと違うような……」
「と、いうと?」
「リプーが鬼を演じてくれたまではいいのですが、なんだかホラー映画っぽくなってしまって」
「ヴィスマルクさん、豆撒きって、どうやるのかご存知ですか?」
「もちろんだとも。日本の節分に行う行事でね。確か……」
ヴィスマルクは、節分の由来から、何故豆を撒くのか、「鬼は外! 福は内!」といった掛け声の意味など、丁寧に説明した。
「なるほど。そういうものだったんですね」
「単に鬼が出てくるだけじゃなかったんだ」
「わたしが演じた鬼さんはやっぱり間違っていたんだ……」
三人娘は初老の紳士によって語られる知らない文化や風習に強く関心を抱いた。
「それからね、豆撒きで残った豆を自分の数え年に一つ足した数だけ食べるという風習があるんだよ。そうすることによって、身体が丈夫になって風邪を引かないという言い伝えなんだ」
「へ~」
「じゃ、みんなでお豆さんを食べましょう!」
「そうね。でも、わたくしたち、いくつ食べればいいのかしら?」
「妖精の年齢というより、人間の数え年に合わせた方がいいのかもね」
「じゃ、十五と一つで十六かな?」
「そうだね」
三人はそれぞれ手のひらに十六粒の豆を分け合った。
「あ! ヴィスマルクさんにも分けて差し上げますね。えーと、いくつ必要ですか?」
リプーが尋ねる。
「え? な、なんのことかな?」
「ヴィスマルクさんはお豆さんをいくつ食べるのでしょうか?」
「ああ。それはだね、なんていうか、たくさんだよ……」
ヴィスマルクは苦笑いながら言葉を濁した。
今さら年齢を気にするような歳ではないが、改めて若い娘たちに打ち明けるのがちょっと気恥ずかしいと思うヴィスマルクなのであった。