小説 > Lil’Fairy Original Novel:09

Lil’Fairy Original Novel:09

「噂? それとも……」

著者:空歩人

ムズムズする。
ヴィスマルクはプリミューレ妖精協会の中庭を散歩しながら鼻の奥に違和感を覚えた。
かゆいというかなんというか、まるで鼻の中にちいさな生き物がいて、ここぞとばかりに暴れまわっている。そんな感じだった。
我慢できることならそうしたいのだが、ここは自然の流れに身を任せて一挙に吐き出してしまう方が楽かもしれない。
だが、ムズムズするだけで、何も起こらない。その時間が長ければ長いほど、苛々するのである。
やはりこの時期に外を歩くのはやめておくべきだったかもしれない。部屋に戻って紅茶でもいれようか。そう思っていると、背後から声をかけられた。
「ヴィスマルクさん、ごきげんようです」
モップの精のリプーである。どうやら庭の草花の手入れをするらしく、両手にはガーデニング道具を持っている。寒さもどんどん和らいできて春が近くなったことを少しずつ感じる。庭の花もきっと妖精たちに手入れをされて、美しく咲き誇るのであろう。
「これはごきげんよう、リプー。察するに、これから……ハ、ハ、ハックション!」
話の途中で思いっきりくしゃみが出てしまった。
「あわわ。大丈夫ですか?」
リプーが心配そうにヴィスマルクの顔を覗き込んだ。
「……あ、うん。大丈夫だよ」
「お風邪さんでも引いてしまったのですか?」
「いやいや、そうじゃないと思う。さっきからちょっと鼻がムズムズしていてね」
「そうですか……」
「ああ、心配かけてすまな……ハ、ハ、ハックション! ハックション!」
またもや話の途中で。しかも今度は二回も続けてくしゃみをしてしまうヴィスマルク。鼻水こそ出なかったものの、大きなものが続いたので、上半身にさっと汗が出てきた。
「あわわ。もしかしたら誰かがヴィスマルクさんの噂話をしているのかもしれませんね。これで合計三回ということは、えーと……批判の次が物笑いの種だから……。そうそう、誰かさんがヴィスマルクさんに好意をお持ちになっているのかも」
リプーはまるで親友であるヴェルがしそうな、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべた。
「そうかい? 誰かに好かれるのは嬉しいことだが、この歳でロマンスっていうのもね……」
ヴィスマルクは苦笑いした。
「そういえば、くしゃみに関して前からちょっと疑問に思っていたことがあります。何故英語を話す人たちの社会では、くしゃみをした人に対してBless you.(ブレス・ユー)って言うんでしょうか?」
「ああ、それはだね、もともとGod, bless you.(ゴッド・ブレス・ユー)という言葉のGod(ゴッド)を省略したもので、『神の祝福を』、つまり『神のご加護を』という意味なんだ。中世のヨーロッパで人がくしゃみをすると魂が抜けてしまい、悪魔が入り込んでしまうっていう言い伝えがある。だから『悪魔が入り込まぬよう神のご加護がありますように』って、くしゃみをした人に声をかけてあげたわけだ」
「うわわ。それは怖いお話です。わたしはこれから何があってもくしゃみを我慢します!」
「あはは。心配無用。くしゃみをしたからって本当に魂が抜けたり悪魔が入り込んだりはしないから大丈夫だよ」
「本当ですか?」
「もちろん。でも……」
「え? 『でも』、なんですか?」
実はヴィスマルクがくしゃみをしたのは花粉症のせいだった。そんな自分にとって、春の大気を大群で飛びまわり、鼻の穴の中に入り込んで暴れまわる小さな花粉はまさに悪魔のような存在かもしれない。そう思うヴィスマルクなのであった。
「ハ、ハ、ハックション!」
ちょうどその時、リプーとの会話を知らないエルノがたまたま通りかかり、「Bless you.(ブレス・ユー)」と笑顔でヴィスマルクに声をかけた。