小説 > Lil’Fairy Original Novel:10

Lil’Fairy Original Novel:10

「眠れぬ夜は誰のせい?」

著者:空歩人
 
プリミューレ妖精協会の執事であるヴィスマルクは、談話室の暖炉に火をつけた。季節は春になっていたが、まだまだ夜はぐっと冷え込む。寝間着姿の上にガウンを羽織っているが、それだけでは寒くてたまらない。
ヴィスマルクは椅子に腰を下ろすと、お気に入りの懐中時計を確認した。針は既に深夜二時を告げている。
今夜も眠れない。これでまともに眠れない夜が一週間も続いている。
さて、どうしたものか?
ヴィスマルクが頭を抱えていると、後ろから声がした。
「ヴィスマルクさん、どうしたんですか、こんな時間に?」
振り向くと、マグカップを手にしたパジャマ姿のリプーが立っていた。
「やぁ、リプー。ちょっと眠れなくてね」
「そうでしたか」
「リプーこそ、こんな時間に一体どうしたんだい?」
「わたしは喉が渇いてしまったので、ホットミルクを飲みにきたんです」
「なるほど。ホットミルクか……」
「はい。ほんのちょっとだけお砂糖を入れています。美味しいですよ。あ! 寝る前にホットミルクを飲むと、よく眠れるって聞いたことがあります。ヴィスマルクさんも試してみてはどうですか?」
「実はその話、わたしも知っていてね。既に試してみたけど、効果がないんだ」
「あらら。それは困りましたね」
「他にも難しい本を読むと眠くなるという話もあるので、そちらも何度か試してみた」
「どうでしたか?」
「それがだね、毎回ついつい読み込んでしまって、気づいたら朝日が昇っていたという……」
ヴィスマルクは苦笑いした。
「あらら。何かいい方法があるといいのですが……」
「うーん……」
「そうだ! 以前、エルノちゃんから聞いた話を思い出しました。眠れない時は、ベッドに入ってから頭の中で柵を飛び越えるお羊さんを数えるといいって」
「おお、そんな話もあったな」
「ご存知なんですか?」
「あれは確かイギリスで生まれた言い伝えでね。ほら、眠りのsleep(スリープ)と羊のsheep(シープ)という言葉が似ているところから、『眠れ~、眠れ~』って自分に向かって呟くのが変化したという話なんだ」
「へぇ~。それは面白いですね。『眠れ~、眠れ~』がお羊さんを数えることになったなんて」
「そうだね」
リプーはマグカップをテーブルの上に置くと、両手を頭の上に乗せ、羊の真似をして「メーメーと鳴くお羊さんが一匹、ぴょん。お羊さんが二匹、ぴょん。お羊さんが三匹、ぴょん……」と言ってその場で飛び跳ねた。
その姿のなんと愛らしいことか。
ヴィスマルクの顔に自然と笑みが広がった。
「それでは、わたしはこれで失礼しますね。ヴィスマルクさん、早く眠れるといいですね。おやすみなさいです」
リプーはそう言うと、再びマグカップを手にして自室へと戻っていった。

一時間後、ヴィスマルクは自分のベッドにいた。あれからリプーにならってホットミルクを飲んでみたが、やはり効果はなかった。結局、横になって自然に眠気が訪れるのを待つことにしたのだ。
「羊か……」
そう呟いたあと、羊が柵を越えるシーンを思い浮かべようとしてみる。
ところが、ヴィスマルクの頭の中に浮かんできたのは、羊の姿をしたリプーだった。
「お羊さんが一匹、ぴょん。お羊さんが2匹、ぴょん。お羊さんが三匹、ぴょん……」
リプーの声がこだまする。

「ぴょん、ぴょん、ぴょん……」
眠くなるどころか、ますます目が冴えてしまった。
結局、ヴィスマルクがなんとか眠りに落ちたのは、朝日が昇り始めた頃であった。