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Lil’Fairy Original Novel:07

「鏡餅の美味しい食べ方」

著者:空歩人


その日の午後、プリミューレ妖精協会の中にはお掃除の妖精であるエルノ、リプー、そしてヴェルが和装姿で集まっていた。彼女たちの前には紋付袴姿の執事ヴィスマルクがおり、彼の右手には木鎚が握られている。
「それじゃあ、いくよ」
ヴィスマルクは木鎚を高く振り上げ、「よいしょっ!」という掛け声とともに目の前にある大きな鏡餅の真ん中へ振り下ろした。
ビシッ!
鏡餅は木鎚が当たったところから四方にクモの巣状のヒビが入って割れた。
「ほう、七つに割れたか。こりゃ、今年は豊作になるな」
ヴィスマルクは木鎚を地面に置き、かけらを一つ持ちながら言った。
「え? それでどうして今年が豊作だなんて分かるんですか? もしかして、占いの一種とか?」
ヴェルが不思議そうな表情を浮かべた。
「いやいや、占いってわけではないんだよ。これは日本のある地方にある言い伝えでね、鏡開きで鏡餅の割れた数が多ければ豊作になるっていう話なんだ。しかし、この話にはちゃんと根拠がある。ヒビの数が多いってことは、それだけ乾燥している証拠だ。日本が寒くて乾燥しているということは、シベリア高気圧の勢力が強いということになる。そういう年は、夏にやってくる太平洋高気圧も自然と勢力が強くなり、暑い夏になることを意味する。そうすれば日照時間も長くなるわけで、つまり……」
「あ、分かった! 作物がよく育つってことですね」
ヴェルはヴィスマルクにウィンクした。
「うむ、正解」
「では、今年の秋は美味しいものがたくさん食べられそうですね」
エルノが笑顔になる。
「わーい! ということは、わたしの大好きな栗もきっとたくさん採れるってことですよね。嬉しいな」
リプーがはしゃぐ。
「もう、リプーったら、また栗の話?」
ヴェルが呆れ顔で手を腰に当てる。
「だって美味しいんだもん……」
「まぁまぁ。いいじゃないか。さて、豆知識の話も済んだところで、みんなで鏡餅を食べるとしようか」
ヴィスマルクが提案した。
「え? でも、こんなに硬くなっているものをどうやって食べるのですか?」
エルノがひとかけらの餅を手にする。
「心配無用。そのためにこれがある」
ヴィスマルクはあらかじめ用意してあった、お湯の入ったボールへと餅を入れた。しばらくすると、餅は柔らかくなってきた。箸でそれらをつまみ、今度はその横に置いてあった七輪でさっと餅の表面を焼く。そして、ほどよく焼きめがついたところでお椀に入れ、その上から小豆を砂糖で煮た汁をたっぷりと注ぐ。
「これはお汁粉っていう日本の食べ物だよ。鏡餅をいただくのはこの食べ方が一番なんだ。さぁ、食べてごらん」
ヴィスマルクは三人にお椀を渡した。
「いただきまーす!」
三人は慣れない手つきでお箸を使いながら、お汁粉を口へと運んだ。
「あま~い!」
「おいしーい!」

ヴェルとリプーが大喜びする。
「甘い物を食べると、なんだか心が温かくなるよね」
エルノが親友の二人に微笑んだ。
「うんうん」
「わたしも!」
幸せそうな表情を浮かべながらお汁粉を食べている三人。そんな光景を見ることができたヴィスマルクもまた幸せな気分になれた。
昨年も色々あった一年だった。多くの人々のもとにプリミューレ妖精協会からたくさんの妖精たちが派遣され、一生懸命に働いてくれた。特に活躍が目覚ましかったのは、ここにいる、お掃除の妖精である三人だった。
今年はどんな年になるのだろう?
とても楽しみなヴィスマルクなのであった。